2018/03/30

今日の日記


電影と少年CQのレコーディングの立会いに行った。スタジオが石神井公園で、終わってからCQ運営の長田さんに誘われて公園の方を通って帰った。桜が満開で、人がゆっくり歩いていた。池があってボートに乗れるが、もう受付時間は終わっていた。
駅に着いたら、長田さんが路上で一杯飲みたい!と言い、頭痛に耐えきれずロキソニンを飲んでいた私はリアルゴールドにした。駅前の商業施設の前にベンチがいくつかあって、そこに座った。未就学児であろう子供が転んで、お母さんは大変だなぁなどと発声した。ベンチにはもうあまりスペースがないのにおばあさんが無理に腰掛けてきて笑った。長田さんはひらひらとバスで帰って行った。私はのろのろと電車で帰った。
乗り換えを間違えて無駄な時間とお金を使い、なんとか最寄駅の隣の駅に着き、友人と合流した。これまた路上飲みである。
友人はお茶割りを求めてコンビニをはしごしたが見つからず、ビールで妥協していた。私はほろよいの新商品のあまり甘くないサイダーを飲んだ。
川沿いに桜が植えられていて、粗末な椅子があった。粗末な椅子でも椅子なので、立っているよりは気分がよかった。
私の家の最寄駅までだらだら歩き、公園に行ったりスーパーに行ったりして最後は日高屋に行った。
私はメンマを頼んで酢をつけて食べた。友人はチャーハンと餃子を頼んでいて、餃子を半分くれたからもぐもぐ食べた。
友人と解散して家に帰ると、何故かディズニーリゾートのお土産袋の隠れミッキーをさがす流れになり、探しまくっても見つからず、ライブの時にもらったチーズたらならぬチーズいかをもぐもぐ食べる行為だけが進んだ。
気がついたら結構いい時間で、私は着替えて布団に入って寝た。
2時半くらいにちょっとした悪夢で起き、しずくだサポートギターのみねから送られてきた新曲の構成を見つつ音源を聴いて歌詞を書いて送り、最近購入したスケラッコ先生のエッセイ漫画を読んだ。「しょうゆさしの食いしん本」というタイトルだ。タイトル通り、おいしいものをひたすら食べるエッセイ。おなかが空くのは勿論なのだが、何か文章を書きたくなってメモ帳を開いた。ブログアプリで書くとすぐ落ちるからだめ。明日というか今日は三鷹でライブ。



2018/03/20

人間との暮らし


人間との暮らし は

たぶん向いていない。
人と四六時中いることがつらい。四六時中気にされることがつらい。
表情の作り方、目の動き、呼吸のタイミング、風呂の時間、お湯の温度、料理の味付け、喫煙するかどうか、快適に感じる温度、飲みに行く頻度、米を食べるか、外食か自炊か、食器は上質か、お茶は麦茶かハーブティーか、好き嫌いがあるか、下品なテレビを見るか、食器をすぐに洗うか、掃除はまめにするか、仕事に集中させてくれるか、怒りっぽくはないか



2018/02/17

水がおいしい


2018.2.16 八丁堀七針
Gt.みね

1.さみしさのABC
2.水色
3.ループ&ループ
4.また会えるさようならもう会えないさようなら
5.忘れる
6.おしまい



ふいにパラレルワールドに連行されてしまった。
優しくない人の前で泣いても煙たがられるだけだから、気づかれないように泣く癖がついた。泣いているのがバレても、それがまさか目の前で繰り返された自殺未遂を思い出していたからだとは言えなかった。この文章も読んでいないだろうから書いている。

水は軟水が好き。



2018/02/04

物の所有を学ぶ庭


ジエン社の「物の所有を学ぶ庭」の稽古に参加している。と、言っても舞台上で演じるのではなく音楽で参加するためだが。

今回の作品は、所有の概念が多くの人と違う「妖精さん」を庭に住まわせ、所有の概念を少しずつ共有できるように教えていく、という話。恋愛モノではないし劇的な展開もなく、一見地味だがすごく面白いテーマだ。


私たちは多くの物を「所有」していると思っている。だが、持ち主が死んでしまったらその物はどこへ行くだろう。棺桶に一緒に入れられることもあれば捨てられることも、新しい持ち主の手に渡ることもあるだろう。私たちは一時的に所有しているに過ぎない、と私は思っている。
食べられる物だったとしても同じだ。栄養素を吸収し、残りを自分の細胞に蓄える。でもやがてその細胞も排出される。私たちが未来永劫所有できるものなんてひとつもない。
では、思想はどうだろう。頑固ジジイや考えが変わらない偏屈野郎は同じ思想を持ち続けているのだろうか。もしかしたらそうと言えるかもしれない。でも大抵の人間は自覚的であれ無自覚であれ少しずつ思想が変化している。長生きすれば必ず認知症の症状が現れ、元々の性格を反映した認知症状が見受けられるようになる。少しずつ、あるいは大幅に変化する思想を私たちは持っていると言えるが、それも身体がつきるまでの話。生命には必ず終わりが訪れる。宗教や各々の思想によって解釈は色々あるだろうが、科学という考え方においては命が尽きたら思考できなくなる、というのが通常のようである。

夫婦、彼氏・彼女という制度を採用している人間が日本文化圏(日本人とは言わない)には多くいる(ように思うが実際はどうなのだろう)。
人間を「所有」するという主義・主張の最たる例だと思っているが、人間を所有することは人道的に考えると大変難しい。人道的なことを無視し、どこかに監禁して所有した例を聞かなくはないが、通常の人間関係における所有は、ただの約束に過ぎない。
日本文化圏の人間は「付き合って」と言って了承を得ることで所有を言語化するが、欧米人にはその文化がないことが多いらしい。言語化せず、暗黙の了解で全てが進むのだろうが、それこそ妖精さんには難しい例であろう。
そもそも「付き合う」とはどういう状態なのだろうか。「あなたは私の恋人で、私はあなたの恋人であるから原則的に違う人間と同様の関係になってはいけない」が一般的なのだろうが、罰則はない。でもドラマや映画では浮気がバレて修羅場と化しているシーンが描かれる。出典元はないが、「泥棒猫」などという表現があったような気がする。「所有」していなければ「泥棒」にはならない。
結婚は、相手の所有を明文化し、行政が介入することによる「契約」であるから、不倫をして裁判になって負けたら慰謝料が発生することもある。それでも不倫は尽きない。ではなぜヒトは結婚したがるのか。所有の契約が存在しない動物たちとは違うと思いたいのか、一途に生きられると思っているのか、結婚すればなんとかなると思っているのか。
恋愛・結婚いずれにしても、勝手に生きている人間を所有することを宣言するなんてちょっと狂っているのではないかと思う時がある。どこまで行っても相手は他人なのに「自分のもの」と宣言することへの恐怖が私自身にはあるが、相手が魅力的だから約束しておきたいし他の人と付き合わないでほしいという気持ちもすごくよくわかる。
ああ、26歳になったのにどれくらいの文字数かわからないが長ったらしい文章を延々と書いてモテなさを加速させる寂しい女ができあがってしまった。これにて閉会。



2018/01/28

あとのまつり


しずくだうみが誕生日を祝わせる会 '18 ありがとうございました…。みんなパジャマでえらいと思いました…。なんか色々書いてもアレなのでセトリを載せておきます、ご参照ください。



1.さみしさのABC
2.ループ&ループ
3.おしまい
(ここまでギター みね)
4.今日
5.夜の海の夢
6.忘れる
(ここまでキーボード はたゆ)
7.水色
8.また会えるさようならもう会えないさようなら

en.1 映画みたい(sommeil sommeilカバー)
(ギターみね、キーボードはたゆ)
en.2 forもえち
(ギター that's all folks)

en.3 Proceed(ラストクエスチョンコラボ)


【お仕事しました】

RPGアイドル ラストクエスチョンさんに「Proceed」という曲を作詞作曲で提供しました。トラックメイキングはボカロPでyobai videoというバンドをやっている藤本薪です。

ラストクエスチョン、略してラスクエは運営が外れてセルフプロデュースになったり、幾多に及ぶメンバーチェンジがあったりしつつもずっと前に進み続け、歌い踊り続けて皆を楽しませているので「Proceed」というタイトルにしました。闇ポップとはちょっと遠い、前向きな歌詞とメロディーです。まだ音源化されていませんがおそらく音源化されます!ライブで、音源で、聴いていただけると嬉しいです。そして私のことを全く知らないラスクエのお客さんに楽しんでいただけたら本望です。



2018/01/23

意識無意識


体調が最悪の時に思い出すこと

桃の缶詰の甘さ、正月に高熱を出して病院で何時間も待たされたこと、シロップ状の薬の味、カートゥンネットワーク、ぬるくなった氷枕




フェスボルタのライブは満員のお客さんを前にトランス状態になりまくって最高に楽しかった。歌うことをやめられない、と思った。帰ってきてから2日寝てるけど。



2017/11/29

老い


何かを言われるのがすごく嫌で、だからと言って気にされないのも嫌で、結局のところ無いものねだり、わがままといったところである。

時間やお金を使うのは楽しくて虚しい。悲しいことは立て続けに起こる。悲しみは訪れないとわからないことが沢山ある。


父方の祖父が入院したらしい。
認知症が進み、初孫のことすらわからなくなったが日常生活はできている。そんな祖父が大腿骨を折ってしまって、二次感染までしてしまった、とのことだ。

母方の祖父は、認知症になり、肺炎になり、寝たきりになり、食事を受け付けなくなり
そして死んだ。肺炎になって食事が流動食になって寝たきりになるまでが早かった。
父方の家族はまだ誰も死んでいない。預金を動かしておかないと動かせなくなることを頭ではわかっていてもすぐに動かそうという気にはならないらしく、私の母がやきもきしている。祖母が言ったことが叔父に父に…と伝言ゲームで伝わるから、私の耳に届く頃の情報はぐるんぐるんになっている。
父方の祖父母は福島の家を売り払い、東京の端っこに移住した。福島の家は東京に比べたら放射線量が高いが、一番高いところに比べたら低いらしく、買い手が見つかった。祖父母はいつも運がいい。本当によかった。
今週あたりうまく時間をやりくりして祖父の見舞いに行くつもりだが、もう祖父は私を孫とは認識してくれない。前回会った時は悲しみに耐えられなくて泣きまくってしまった。物知りですっとぼけていて優しいところは何も変わっていないのに、私の記憶がない。
陶芸家である祖父母宅で、幼少期にいらん物をどれだけ作っても全部きちんと焼いてくれて、近くにおいしいラーメン屋があるからと連れて行ってくれると思ったら車で2時間かかったり、家の裏山に登ってカマキリと遊んだり、私の中には沢山の記憶があって、祖父母と共有していたはずなのに。いくつになったの、と何度も尋ねてくる祖父の顔を見ていたらものすごく悲しくなってしまった。人は忘れゆく悲しい生き物なのは重々承知なのだが。

しかし、東京の端っここと拝島に行くのと福島に行くのは体感距離があまり変わらんよな……。